『完全なる証明』 天才数学者の悲しみ

『完全なる証明』マーシャ・ガッセン著 青木薫

マーシャ・ガッセン
発売日:2009-11-12

 ポアンカレ予想を証明したペレルマンは、一言でいうと変わり者の天才数学者。世紀の難問を解き、フィールズ賞も授賞されたのに、これを賞金も含めて辞退し、現在は隠遁ともいえる生活を送る謎の人物です。著者も本人とは連絡をとることができず、周囲の人への取材だけでペレルマンの姿に迫ります。

 何かと世間と不器用に関わりながらも、アメリカまで来て新しい数学を吸収したペレルマンは、突然Web上でポアンカレ予想を証明した論文を発表し、その分野の専門家の数学者たちにEメールを出して知らせました。数学の証明が正しいかどうか、しかも、世紀の難問と言われるような問題の場合、その確認に2年も3年もかかるのは普通です。このときペレルマンは、レクチャーに快く応じて、とても協力的に自分の業績を数学者たちに説明しています。しかし、この分野の第一人者がなかなかペレルマンの業績を認めず、賛辞を送らなかったのです。ある時点で、ペレルマンは姿をくらまします。

 ペレルマンの論文は専門家にとってすら、理解するだけも時間のかかる難しいものでした。ただ、これまでこの分野でトップレベルの研究をし、証明に向けて努力していた数学者たちが、ロシアから突然やってきた天才数学者にあっさりと証明を成し遂げられてしまったことを素直に賞賛するのは、やはり難しいことだったのかもしれません。論理的な思考回路を持つ数学者たちといえども、やはり人間なのでしょう。

 ペレルマンの言動は、一般の人はおろか、数学者からみても突出して変わっています。著者はその言動の一つひとつを丹念に追って、ペレルマンなりの思考回路を明らかにしようとしています。それは、数学者の中でも群を抜いて厳密に論理を重んじるものでした。そして、ペレルマンにとって一番大事なことは、もちろん数学です。

こうして成すべきことを成し遂げた今、彼はあることを期待した。かつて、帽子のひもをほどいてはいけないと決め込み、世の中は成し遂げたことに応じて報われるように出来ていると――どこからどう見ても、そんな世の中ではなかったにもかかわらず――信じ続けたように、このとき彼の頭の中には、物事はかくあるべしという完璧な図式が出来上がっていた。


 証明を成し遂げたペレルマンは、それがきちんと評価されることを期待しました。賞や賞金ではなく、その分野の数学を理解する数学者がきちんと認めることを期待して、待っていました。数学を重んじる人であれば、評価してくれるはずだと期待しました。でも、ペレルマンは裏切られ、深く傷ついたのです。この部分は涙なしで読むことはできませんでした。もちろん、本人に確かめたわけではありませんから、真相はわかりませんが、著者はペレルマンの人物像を内面までよく読み切っていると思います。

 ペレルマンの言動の裏にある論理を明確にした著者は、その上で、ペレルマンは実は、すごく感情的に行動しているとも考えています。その後で、とびきり明晰な頭脳で理由付けをしているのではないかと。そのくらい、ペレルマンの人物像を分析しきったといえるでしょう。